<2003.11.15〜> 出猟日記2003

<始めに>
この世界へ身を投じ 振り返り観れば何時の間にか
30年もの月日を走り抜けていました。
幾つ齢を重ねようとも 為すべき事に 教えを受けるのは
今だ少なくない物で その全ての過程に出遭う 多くの
ときめき そして直面した深い哀しみの数々 踏み後を
辿るかもしれない若者へと 朽ちかけた道標のひとつに
でも成れるとすれば 頼られる事への 喜びを噛み締め
きっと何かを残す事が 出来るかもしれない。

<前夜>
解禁初日に攻める猟場は 麓の集落にて只一人 親の
代からの大物猟師 古老Y氏との協議の末 早朝五時の
集結を決める 猟師人口の 高齢化は我々にとっても
他人事ではなく 一人又一人とフィールドから去る仲間も
現れ 病や体調不良に参加が覚束無い者も出てきだす
此処数年 勢子長へと抜擢したS氏も 心臓を患っての
入退院の繰り返しで 本人は是非の参加を望むも 早期
復活は 諦めなければなるまいのか。

<2003.11.15> 晴れ
身体の不調等で 参加できる人員が やはり少なくなった解禁日の今日 朝の青空も一体何時まで
持つのやら 小さく巻いて早めの勝負を掛ける事にした。
勢子のK氏に ルートを指示見送ると 奥山に戻る個体を止める為に 見通しの利く斜面へ腰を下ろした
久方ぶりの山中は 温暖なせいか落葉も進まず見通しも悪い 獲物の見極めも中々難しきものと成る
放犬の連絡から幾等か過ぎ もう要所を過ぎた時分も 犬の鳴きも入らない? ある事態が考えられ
待ちを上がり 尾根筋を走ると勢子の前方へと回り込む ゴツゴツした岩棚が連なるガラガラの急斜面を
滑り落ちる その時二頭の犬が右へと跳んだ その方向へは二名を配置してある よし追い込みに入る
”オツ!鹿だ”タスキ掛けに背負う銃を構えるため 身を預けていた木立を放した瞬間だった! グラッ!
足元の岩が崩れ落ち 急斜面を滑り出した 頭部の打撲を避けるため 上半身を起こしながら 身体を
止める位置を 冷静に見極める   ズリの中に突き出た枯れ木と岩に足を掛け 両足のクッションで
衝撃を吸収 僅かな滑落で済んだ!  ホッ!としたのも束の間 其の直下段を 二頭の牡鹿が横目で
此方をギョロリと見やり跳んで行く ”クソッ Kさん行くぞ” そのままの格好で 銃声を待つ 幾らかの
静寂の後K氏より ”上部に出たが登ってしまった”  ”ならF君行くぞ” ・・・・・・・・・中待ちに置いた
F君の待ち場において 三度の発砲 さて首尾は。

<2003.11.23> 晴れ
車道の消える谷の入り口へと配置した S氏による発砲三発! ”遠かったで あかん” との報告を
受けて 上から降りてきた勢子を呼び寄せ 矢場の確認へと入る 落ち葉の中 不鮮明なワリを辿り
トヨ状の谷底へと導かれた 見渡しても倒れたモノの姿は見当たらず ”おい 此処は越せない上へ”
後続の勢子へ告げた時 周辺を探索していた 二頭の犬が 激しく吠え込む ”上だ 上へ回れ・・”
”待ち場の二人は 下手の渡りへ急げ” 身動きのまま成らぬ谷底で叫ぶ!此れが今回 大追跡劇の
幕開けと成った 谷が落ち込む本流対岸へと車で回り込む者 下流で待ち構えようと向かう者 自らは
両岸が切れ込み其の中に掛かる 10b程の滝を滑り落ち 本流出会いへと跳び出した こんな場合
モノはまず下流へと向かう 無線のやり取りが飛び交う中を下流へと急ぐ やがて水深が増し 川通し
での追跡が叶わなくなり 犬の鳴きが届く 尾根の張り出し其の裏向けて 這い上がり出すと・・・・・
発砲三発! やれやれどうやら止まったようだ。

里山の待ち場

雪上にはハッキリと
<2003.12.7> 雨
先週に続く悪天候に 当初の予定大本命の猟場を前に 撤退を余儀無くされたが 大移動先の猟場に
おいても 氷雨は収まる気配を見せない 冷たい風が頬を叩く。
この山のピークから伸び 其の先で一旦くぼみ再度立ち上がる尾根の左側で 二度の鳴きが入った
”おい そっちに向かうぞ?”先刻見送った勢子へ静かに告げた 尾根先に配置した待ちからの発砲は
無い??? 迷った末での選択だった 僅か数十bの 死角に成る尾根裏を 猪は駆け抜けたらしい
目前の尾根は 堤防を溢れる波のように 右から左に舐めるように乗り越え 左奥の谷へと溜まる雲に
まるで白い湖の様だ もう限界だろう。

<2003.12.14> 曇り時々晴れ
”まだ鳴らない?” 所々被る雪を蹴散らし 八合目辺りを横走りして来た 足元から延びるワリは
三本置いた待ち場へと向っているのに 未だ銃声は鳴り響かない ひを喰い(気配を悟られる)尾根を
越えられてしまったか? ぬかるむ急斜面をずり落ちながら 尾根へと這い上がり見極めるも その
形跡は見当たらないようだ 中段を後方から押して来る勢子K氏が そろそろ直下に位置する頃合
”Kさん ちょっと後押ししたって” 勢子鉄砲を促す・・・・・・・・・”ドン!”・・・・・・・・・数秒の静寂は
若手M氏による 連射により破られた! やはり一群は私と待ち場の間で 此方を窺って居たのか?
全員の集合を告げ現場へ急ぐ 処理の手配を済ませ 他の個体半矢の可能性を感じ 辿り付いた
勢子へ確認を依頼見守る 鳴き! 発砲! 半矢の鹿は下へと跳び 回収不能を出してしまう。

<2003.12.21> 大雪
”こっ これはでかい!” 三面護岸の川を逃げ下る手負いの大物を終に発見 思わず息を飲んだ
事の始まりは 頂近くの要所において 私の周囲を探索する和犬に 突然鳴きが入った時だった
よし!今日は九人の射手によりガッチリ囲い込んである 必ず何処かへ姿を現すはず 東の谷向け
被せるような追い込みを掛けていくと ベテランS氏によるライッフル音数度 ”半矢で???”の
一報を受け ひとつ向こうの尾根筋を降りた勢子に 待ち解除を依頼其処から駆け下る・・・斜面と
いうより崖との表現が的確な急斜面を 余程慌ててモノは跳んだらしく 尻餅を付き? そのまま
数b滑り落ちたかの様で?? 私も後を追い滑り落ちルートを辿る・・・・矢場の谷を越えてからは
糊を引くワリを拾う  谷間に固まる集落は 山沿いに猪鹿避けの電柵が張り巡らして有る S氏へ
其処を乗り越えた先の 待ち場確認を求め状況を見極める しかし僅かの差でデェフェンスラインを
越えられてしまったようだ  近くで待機中のM氏を呼び 車で更に其の先へと廻り込む・・・・・・・・
その小谷からは 電柵を乗り越え集落へと落ちた大鹿が 住人の目に留まっていた 日頃食害に
悩まされる事から ”でかい でかい” ”あっちだこっちだ”と我々を導く ”とにかく獲って欲しいで”
の一言に押され 車道を逃げ下る奴を走って追い掛ける 雪が除かれた車道は 逃走方向が見極め
難く 40〜50b先の民家の密集する 駐車場から入り 畑を跳び 幾つかの軒下を抜け 玄関口を
出ると 大通りを横切り 其処でワリが拾えなくなり 迷った???????????? 其の時
私の直感が 其の先の川を指示した 下手の橋へ駆け上がり見回すと・・・・・・”いた!”・・・・・・・
終に見つけたぞ しかし銃は手元に無い!  一旦体制を整える為 全員の集結を決めた 低い
堰堤が連なる 下流へと回り込む者 状況指示待ちで じっと無線に聞き入る者 静かに忍び寄り
に入る・・・・・・ 発見個所よりモノは 対岸へと駆け上がり 30〜40年物の檜林を抜けている?
ワリが拾いづらい 捜索範囲を広げ放犬 直ぐに山肌を駆け上がる 林道を上部へ回り込ませると
山裾で様子を窺う しぶとい奴め! 突然鳴きが入り下へと移動する ”来るぞ! 皆散れ!”と
叫びながら 落ちるだろう地点に走りだすと 藪の向こうを チラ々と駆け下る 真っ黒な怒塊!
”まだだぞ まだだ・・・” 発砲! 蓮華と成る大角を翳した巨体は勢い余り 其のままの速さで
土手下に崩れ落ちた。

注釈(猟の専門用語を説明致します)
モノ    ずばり狩猟の対象(猪鹿等)
ワリ    モノの足跡 狩山内へ入る物を 元ワレとも云う
勢子    狩山内を 待ち場向け追い立てる役
待ち場  ある地方ではタツマとも云う 射手(撃ち手)が待ち構える場所
矢場    獲物に対し撃ち込んだ場所
半矢    逃走可能な 手負い鳥獣
蓮華角  鹿角の変形 三つ又から四つ又へと成る個体 老獣が多い

遠く伊吹山を望む猟場

雪の残る奥地で
<2004.1.3>晴れ
放犬と同時に 先犬の和犬は 東に切れ込む谷向け跳んだ K氏には若犬二頭と 其処から
枝分かれする西の尾根を下り 中程で此方向け振るような形の 追い込みを依頼 見通しの利く
位置へ陣取り腰を下ろした モノは一時東上へと向ったはず 尾根筋に待たせた三名による
発砲は無い?? 幾つかの急峻な山肌を越えての しぶとい追跡が脳裏に浮かぶ・・・・・・・・・
スーッ!と 足元を横切る影?? 思わず頭上を見やると 手の届かんばかりの高さで白化した
(アルピノ)鷹が舞う。
私の足下遥か彼方の 大谷最終待ちで発砲一度!犬は其処まで追い詰めたようで 腰を上げて
矢場向けて降り始めるとする・・・・・・。
白く開けた花崗岩の白い川原で 野生の鼓動は 澄んだ流水に洗われて居た 時折周囲を走る
岩魚の姿に目を奪われては 時を忘れる。


後書き
この場所で 書けなかった日々においても 多くの出会い出来事が残りました 其々への想いは
処を替え何時かお伝え出来る事でしょう  今我々にとって 構成員の高齢化と 立場の違い等
による考え方の差は 行く末に少なからず不安も残す物でありました 此の先何年か後を見据えた
新たな決断が迫って居るかのようです。